生命の神秘を刻む

SWLのレザーカービング

レザーカービングとは、専用のナイフで革に模様を切り込み、様々な刻印を打ち込んで凹凸を付けることで、切り込んだ模様を立体的にする技法です。

革に彫刻を施すといったイメージですが、この作業ももちろん手仕事で行います。

というよりむしろ、これこそ人の手でしか表現できないものです。

SWLのカービングは、私・田島隆治の生命の核から揺るぎ出してくるモチーフを図案に落とし込み、革に彫り込むという、伝統的なレザーカービングとは少し異なるものです。

またそのモチーフというは、はっきりと見えるものではなく、ぼんやり浮かんでくるものを追いかけてデッサンし、それを革に彫り込み、その時浮かんできたものをまたデッサンし、それをまた革に彫り込むという作業を、十年以上繰り返してきたものです。

ケガレトキヨメ

「穢れ(ケガレ)とは何か。人の死にまつわる穢れがあり、女性の月経・出産にかかわる穢れがあり、そして獣の肉や皮革処理がもたらす穢れがある」 (『東西/南北考 いくつもの日本へ』より)

中世の日本では、免税地とされた河原に居住する「河原者」と呼ばれる人々が、死んだ牛馬の皮を剥ぎ、なめしという皮革処理を行っていました。

剥いだ動物の皮は、そのままだと硬くなったり腐ったりします。

しかし、なめしという作業により、そのままだと硬くなったり腐ったりする「皮」が、柔らかい状態を保って衣服や道具として使える「革」に生まれ変わります。

つまり、動物は死んでもその皮は、革となって生き続けるということなのです。

そんななめしという仕事を担っていた河原者は、当時は神仏の力を背景とした特別な能力を持っていると畏怖の念を抱かれて、清目(キヨメ)と呼ばれていました。

死んだ牛馬の皮を剥ぎ、なめすという皮革処理は、穢れを清める仕事だったのです。

しかしその後神仏に対する畏怖の念が弱まるにつれ、そういった仕事は不浄だと言われるようになりました。河原者の異称で穢多(えた)という呼称がありますが、穢多は江戸時代以降、被差別身分の呼称として固定化されてきました。

しかし私は、皮革処理に従事する方々は、やはり清目だと思っています。

SWLがメインで使用している「Sベンズレザー」は、タンニンなめしという手法でつくられます。

人が生きるために牛の命をいただき、肉を食べる。そして、いただいた命を大切に使い切るために、植物から抽出したタンニンを使って、人の手で皮をなめすことで、革に生まれ変わる。皮が革となり、生き続ける。

私はそこに神秘性を感じずにはいられないのです。

人は太古から動物の肉を食べ、その皮をなめして身にまとい、寒さや怪我から身を守りながら生きてきました。

多くの生き物の命をいただきながら生きながらえ、そして命を紡いできました。

生き物が、他の生き物の命をいただくことで、生き続けることができるということもまた神秘的です。

先に述べたように、私のカービングのモチーフというは、はっきりと見えてるものではなく、ぼんやり浮かんでくるものを追いかけてデッサンし、それを革に彫り込み、その時浮かんできたものをまたデッサンし、それをまた革に彫り込むという作業を繰り返してきたものです。

モチーフを追いかけている時は、それが何なのかは分からないのですが、それをデッサンし、革に彫り込む作業を繰り返していると、自分の中でしっくりくるカタチが浮かび上がることがあります。

ある時それをぼんやり眺めていて、ふと思ったのです。

私が表現しようとしているのは、「生命の神秘」なんじゃないかと。

☛  第1章「厳選した天然皮革」

☛  第2章「革の魅力を活かす」

☛  第3章「生命の神秘を刻む」