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クラフトマン田島隆治の妥協なき手仕事による
魂を宿すレザーワークス
SWL leather&silver


田島 隆治 たしまりゅうじ
SWL leather&silver 代表・クラフトマン
エスダブルエル レザーアンドシルバー

1972年 5月5日生まれ 熊本県出身
関東の大学で建築設計を学ぶ
大手住宅メーカーへの就職を機に大阪へ移住
一級建築士免許を取得
2001年 自分の生きる道を探求するため、29歳で会社を退職
2004年 レザーによるものづくりを本格的にスタート
2009年 SWL leather&silverを設立
2015年 京都へ工房を移転、妻いづみがスタッフとして加入

———————— Solitude Without Loneliness ————————
“Loneliness is the poverty of self; solitude is richness of self.”

寂しさのない孤独 - 田島隆治ストーリー 全12話 -

幼い頃からものづくりが大好きだった少年は、大学時代にバックパックで海外を旅しながら、世界の広さ、そしていろんな生き方があることを知る。そして次第に「自由に生きる人」に憧れを抱くようになっていく。しかし自分がやりたいことは何なのか分からないまま、大手企業に就職。仕事には満足していたが、本当にこれでいいのか?と自問自答を繰り返しながら5年の月日が過ぎ、ある日覚悟を決めて辞表を出す。「やっぱり、自分が本当にやりたいことを見つけたい!」

これはSWLの代表・クラフトマンである田島隆治が、本当にやりたいことを見つけ、それを生業にするまでの物語です。

一読いただいてから、SWLのレザーアイテムをご覧いただければ嬉しいです。

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1話:図工大好き少年の思春期

第1話:図工大好き少年の思春期


私は幼い頃から、絵を描いたり、何かつくったりすることが大好きな子供でした。もちろん好きな教科は図工。
子供ながらに、「なぜ図工の授業は週に2時間しかないのだろう。国語や算数と逆だったらどんなに幸せだろう」なんてことをよく考えてました。笑 今でも、ライブでアンコールの曲を聴いている時などには、図工の時間が終わりに近づく時に感じていた、あの「楽しい時間が終わってしまう切なさ」を思い出してしまいます。

そして私が小学2年生の頃、ガンダムのプラモデル、通称ガンプラが大流行。もちろん私もどっぷりハマったわけですが、しばらくするとただ組み立てるだけでは物足りなくなり、自分好みに改造してみたり、モルタルを練ってジオラマをつくったり、自分なりの世界をつくることに夢中になっていました。今考えると、すでにこの頃から、「与えられたものをただつくるのではなく、何か自分なりに工夫して、他の人とは違うものをつくりたい。」という想いが、私の中に芽生えていたのかもしれません。もちろん当時は、そんなことを考えてやってたわけじゃないでしょうけどね。笑

ただこの後30代で、自分が本当にやりたいことは何なのか探求する時、この頃の記憶を辿ることになります。

また野球やサッカーなど、スポーツも同じくらい好きな子供でした。しかし親の仕事の都合で、2年に一度のペースで転校していたため、どうせすぐに別れがくるのだから、友達は親友が一人いれば良いという考えだった私。しだいに集団行動というものが苦手になり、団体競技から離れるようになっていきました。その代わり、転校を繰り返してきたことで、少しずつ環境の変化を楽しめるようになり、いつの間にか、何処へ行っても自分なりの楽しみを見つける力を身に付けていました。どのような環境で育ち、それが大人になってどう影響するかは人それぞれ、一長一短ありますよね。今でも集団行動が苦手な私ですが(笑)、幼少の頃のこういった経験は、この後「広い世界を旅して、多くのことを学べる行動力」につながっていく、とても貴重なものだったと思っています。

そして異性が気になり始める思春期。今でこそアート好き=カッコイイという風潮がありますが、私の中学・高校時代は、美術部=なんとなく根暗なイメージがあり、どちらかというと「体育会系でワルイ」イメージの方が、女の子にモテてたんですよね。というわけで、ずっと好きだった絵を描くことや、何かつくることを、分かりやすいくらいピタッとやめてしまう私。笑 かといって体育会系特有のノリや上下関係にも馴染めなかった私は、友達と隠れてタバコ吸ったり、酒飲んだり、日雇いのアルバイトをして流行りの服を買い、オシャレして他校の女の子に会いに行ったり、そんなことが一番楽しい、どこにでもいるような(?笑)高校生でした。

そんな中、将来何をやりたいか問われる、進路相談ってやつがやってきました。その頃は、ものづくりが好き=芸術系の大学という考えは全くなかった、というかそんな選択肢があることすら知らなかったんですよね。目指すのは自分の偏差値で狙えそうな、地元の国立大学。そこに用意されている学科から選ぶなら、う~ん、、建築かなって感じの決め方。まぁこの頃は、自分が本当にやりたいことなんて分からないですよね?同じような進路の決め方をした人も多いのではないでしょうか。

さてそんな感じで進路を決め、肝心の受験の方はというと、実はワタクシ、熊本で最も伝統のある進学校に通っていまして。受験勉強も頑張り、成績もまぁそこそこだったので、希望の大学に行く気マンマンだったのですが、一回目も、そして二回目も見事不合格。二浪はさせられないということで、急遽関東の大学に行かせてもらうことになったのです。人生で初めて、「報われない努力もあるんだ」と思いました。笑

しかしそうでもなかった。この全く予想もしてなかった関東行きが、広い世界を知るための扉を開くことになるのです。学費の高い関東の私立大学、しかも一人暮らし。親は大変だったと思いますが、今考えるとココが私の人生を左右する、最大の分岐点でした。両親に感謝です。

2話:バックパッカーデビュー。世界は広い!おもしろい!!

第2話:バックパッカーデビュー。世界は広い!おもしろい!!


九州から出たことがなかった私にとって、初めての東京はとても刺激的でした。しかし、当時付き合っていた東京の女の子とミーハーなノリでハワイへ行ったことをきっかけに(笑)、私の目はすぐに海外に向きました。バックパックを背負い、アメリカ、オーストラリアを周って世界の広さ、未知のカルチャーを体験し、タイやバリでは日本とは異なる島の楽しさ、気持ち良さを知り、ヨーロッパを周っている時は、「こりゃあ、死ぬまで旅しても周りきれんなぁー!」なんて興奮しながら、アルバイトとビンボー旅行を繰り返していました。あ、大学はちゃんと行きながらね。笑 また若気の至りというのでしょうか、「同じ歩くなら、ワイルドサイドを!」を合言葉に、とにかくいろんなものを見て、何でも経験してみたいという想いで旅していた私は、時にはかなり危険な目に合ったりもしましたが(笑)、でもそういった旅が、今まで常識だと思っていたことが、実は狭い井戸の中だけの考えだったと気付かせてくれたし、学校の先生もTVのニュースも教えてくれないことが世の中にはたくさんあるということを教えてくれました。

そうやって旅を重ねるごとに、私の中で少しずつ大きくなっていくものがありました。それは、「自由に生きる人」への憧れです。幼い頃からものづくりが好きだった私は、「好きなものをつくり、人々に大きな感動を与えている人」に対し、特に大きな憧れを抱くようになりました。旅をしながらたくさんの感動をもらってるうちに、次は感動を与える側になりたいと思ってきたんですよね。たくさんの芸術品や、建築、音楽、映画など、私が出会い、感動し、人生を豊かにしてくれたもの。それらをつくった人達には、ある共通点がありました。それは、「本当に好きなことをやってる」ということ。自分の直感を信じて人生に挑み、自分が本当にやりたいことを見極め、それを生業とするために果てしない努力を重ね、多くの困難を乗り越えて生み出されたものにこそ、人を感動させる力が宿る。この頃の私はまだ、自分が本当にやりたいことは何なのか、答えを出すことはできませんでしたが、いつかそれを見つけ、人々に感動を与えるものをつくれる人間になりたいという想いが、日々強くなっていきました。

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3話:人生最大の覚悟を決める日

第3話:人生最大の覚悟を決める日


「自由に生きる人」への憧れを抱きながらも、本当にやりたいことを見つけられないまま大学4年生になった私は、サラリーマン家系で育ったということもあり、ひとまずサラリーマンの道を選ぶことに。嫌になったら辞めればいい、まずは働きながらやりたいことを見つけてみよう!そんな気持ちで、大手の住宅メーカーに就職することにしました。しかし、本当にやりたいことはなかなか見つからず、でも会社も辞められず、結局ドロップアウトする覚悟を決めるまで、5年半もかかってしまいました。

その理由は3つ。

まず1つ目は、私は建築の大学に行かせてもらったケジメとして、「一級建築士の資格だけは必ず取る」と決めてたんですね。そのためには2年の実務期間が必要なので、まず2年間実務経験を積んで、必死で勉強し、なんとか一発で合格したんです。その後いつでも好きな時に辞めればいいと思っていたのですが、住宅の設計の仕事が思っていた以上に面白かったんですよね。自分が一生懸命設計した家に招待され、喜んでいただいてる姿を見るとやっぱり嬉しいものですし、なかなか素敵な仕事だなと感じていたのです。

それでまた給料が良かったというのが2つ目の理由。今でも元同僚と飲むことがあるのですが、そこは変わってない様子で、さすが一流企業。また学生時代ほどではなくても、毎年海外旅行に行けるくらいの休みももらえて、しかも金銭的にも余裕がある旅ができた。「なんで辞めたの?もったいない!」と、これまで何度言われてきたことか。笑

そして3つ目が、なかなか辞めることができなかった最大の理由。それは、怖かったから。
設計の仕事に充実感を感じてたし、給料にも満足してましたが、いつも心の片隅には、「本当にやりたいことが他にあるんじゃないか?このままでいいのか?」という想いがありました。ただ収入が途切れるのが怖かったので、転職という手段も考えたのですが、どうもしっくりこない。転職先を調べれば調べるほど、私の中で確信に近づいていくものがありました。それは、「本当にやりたいことは、実際にやってみないと分からない。」ということ。

「貯金を切り崩しながら、とにかく色々やってみるか? しかし、いつ見つかるか分からない。いや、そもそも本当にやりたいことが見つかる日なんて来るのか?」 そんな風に自問自答を繰り返してる間に、時間だけが過ぎていきました。旅をしながら、自分の人生にチャレンジしている人をたくさん見てきたはずなのに、、
そしてついに20代最後の年。最後はやはり、今まで出会ってきた人たちに勇気をもらったような気がします。

「一度きりの人生、悔いのない生き方をしたい。やっぱり、自分が本当にやりたいことを見つけたい!」
覚悟を決め、辞表を出しました。

しかしまだこの時は、本当にやりたいことを見つけ、それを生業にするまで、ここから10年もかかるなんて想像もしてませんでした。もしこの時それが分かってたら、会社を辞めてなかったかもしれません。やはり未来って、分からない方が良いのかもしれませんね。笑

4話:インドに呼ばれ、そして追い返される??

第4話:インドに呼ばれ、そして追い返される??


退社してすぐ、そうだ、インドに行こう!と思いました。よく「インドに行く時は、インドに呼ばれた時」と言いますが、私が生きるべき道を導いてくれるような予感がしたのです。そしてインドで一ヶ月ほど過ごし、日本に帰ってきたのですが、結論から言うと、何のお導きもありませんでした、、笑 むしろ、自分の生きるべき道を探すのに、他力本願でどうする!と喝を入れられた気がしまして。そこで私は、いろんなことを吸収するための旅はここで一旦終わりにしよう、これからは本当にやりたいことを見つけるために、自分自身と向かい合う新たな旅を始めようと心に決めたのでした。

5話:本当にやりたいことを見つける旅の始まり

第5話:本当にやりたいことを見つける旅の始まり


インドから戻ってきた私は、住宅の設計をしていた頃にぼんやり考えていた、「もっとこんな建物をつくってみたい、こんな空間をつくってみたい」というイメージを、具体的に描いてみることから始めました。これからは本当につくりたいものをつくっていけるんだという高揚感と、歳も歳だし、1日も早く仕事に繋げていかなくてはという焦りを同時に抱えながら。

そしてしばらくすると、少しずつ建築から離れていきます。よく「どうして建築を辞めたの?もう興味ないの?」と聞かれるのですが、今でも建築は好きですし、私の中で建築を辞めたという意識はあまりなかったんですよね。ただ当時、自分が考えたものが実際に形になることで、それが本当にやりたいことかどうか、実感を得たかった。しかし、いくら自分がつくってみたい建物を考えてみても、それがいつ実現するのか、むしろ実現するかどうかすら分からない。そこで実現できる可能性が高いであろう、インテリアの方に目が向き始めたのです。

当時住んでいた部屋を、まずは自分の理想の空間にしてみようと改装したり(賃貸でしたが、笑)、家具のデザインを夢中で考えたりしていました。そしてある時、自分でデザインした家具をどうしても形にしたくなり、メーカーに依頼したところ、とんでもない金額の見積もりが上がってきた、、そこで思ったのです。「そんなお金はない。これはもう自分でつくるしかない」と。しかしそんな技術など持ち合わせてない私は、「この人のつくる家具が好きだなぁ」と思ういろんな職人さんを訪ねて周り、技術を習得するために働かせて欲しいと頼み込みました。しかし返ってきた答えは、泣きたくなるくらいオールノー。そう言うとみなさんが冷たいように聞こえるかもしれませんが、その時私はすでに31歳。すべての方が、「一級建築士の資格を持っているのに、もったいない。その年から家具のつくり方を覚えるより、今ある資格を活かした方が絶対にいいよ」と優しく勧めてくれたのでした。それでも「技術を身につけて、自分の手でつくることで、本当に自分がやりたいこと、本当に自分がつくりたいものを見つけたんです!」という私に対し、ある職人さんがこう言ってくれたんです。「自分がつくりたいものを見つけたいなら、割り箸でも何でもいいから、とにかくつくってみたらどうだろう?」と。

その言葉を胸に帰路についた私は、「何でもいいから、とにかく自分がワクワクできるものをつくってみよう。幼い頃、純粋な気持ちでワクワクしながらつくっていたものって、どんなものだったっけ?」と、ずーっと考えていました。そしてその感覚を掘り起こすかのようにスケッチしたり、ひたすら紙粘土をこねる日々が始まりました。

そして自分がワクワクできるような形が現れてきた時、ふとその形を自分の好きな素材でつくってみたいと思ったんですよね。その時に思い付いたのが、シルバーとレザー。そこで、シルバーで何か形をつくるには、ワックス(蝋)を削って原型をつくる必要があることを知り、すぐにワックスとの格闘が始まりました。スケッチして、紙粘土をこねて、ワックスを削って、、そんな日々が1年くらい、いやもっと続いたかな。よく覚えていません。笑 覚えているのは、なんだかワクワクするシルバーの造形物ができて、それを同じように手探りでつくったレザーバッグと組み合わせた時に感じた「胸のドキドキ」だけ。「よし!こっちだ。」と、なんとなく光が差したような気がしたんですよね。

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6話:ついにレザーに本気になる!!

第6話:ついにレザーに本気になる!!


ちょうどその頃、偶然入ったお店で、「レザーとシルバーをやってるなら、すごい作品をつくる人がいるから見に行ってみなよ」と、あるお店を紹介してもらったんですけどね。すぐに見に行った私は、それはもう、ものすごい衝撃を受けたんですよ。明らかに既製の革製品とは一線を画す、とてつもないオーラを放っている作品に度肝を抜かれしばらく唖然としていたのを覚えています。そして、レザーでこんなすごいものがつくれるのなら、もっとレザーを追求してみたいという衝動に駆られました。

そこから自分なりのレザー作品をつくり始めたのですが、その頃はまだ他にも興味が湧いたものには色々手を出していました。自分でつくったベルボトムのパンツとレザーベストを着て、クラブイベントの空間を彩るデコレーションをつくったり、サイケデリックな絵を描いたり、その当時はかなり派手好きで、とにかく誰ともかぶらないものをつくりたいという想いで、いろんなものをつくっていました。レザーアイテムに関しても、シルバーをふんだんに使い、ゴテゴテと装飾されたものをつくっていて、絶対に誰ともかぶらないであろう独特の雰囲気は気に入っていたのですが、どうもしっくりこないことがあったんですよね。それは、かなり贅沢にシルバーを使い、革も上質なものを使っているのに、全体的にどこか安っぽさを感じるということ。色々やってみても、どうしてもそこが気になってしょうがなかったので、以前衝撃を受けたクラフトマンに思い切ってアドバイスをもらいに行きました。すると、「基礎ができてない。だから安っぽく見えるんだよ。」と言われ、その瞬間、「腹をくくってレザーに絞ろう、本気でレザーをやるぞ!」と決心しました。

会社を辞めてからすでに4年が経った、ある夏の日の出来事でした。

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7話:SWLとの出会い

第7話:SWLとの出会い


かの江戸時代の絵師、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)も、最初は大岡春卜から絵を描くための基礎を習い、中国宋元画を千本ノックならぬ、千本模写したと言う。若冲の名を出すのはおこがましい話ですが、人々に感動を与えることができるような作品をつくるためには何事も基礎が大事、まずはそこからだ!と思った私はすぐに本屋へ走り、レザークラフトの参考書を買って一から徹底的に学び直しました。

ただ当時はレザークラフトに関する参考書はほんの少ししかなかったので、いろんなお店を周って実物を見ながら、どのようなつくりになっていて、どのような仕上げをしているのかなど、徹底的に研究してました。今思うと、かなりうっとしい客だったでしょう、、苦笑

そうやって2年くらい基礎を学びながらつくり込んでいると、次第に自分の作品に高級感を感じれるようになり、それが嬉しかったし、楽しかった。自分が生きたい道は、この道で間違いないと感じていました。そして、「そろそろ販売してもいいんじゃないか?」と思った私は、販売に関するアドバイスをもらうために、プロの作家さんが出展しているイベントに出向き、作品を見てもらいました。すると、予想もしてなかった言葉が返ってきました。
「クオリティは良いけど、オリジナリティがないね。これで食べていくのは難しいと思うよ。一級建築士の資格があるなら、そっちで食べていった方がいいんじゃない?」と。「いや、もう引き返せないんです!」という私に対し、「この世界で食って行きたいなら、○○さん(大御所のクラフトマン)にのれん分けしてもらうか、そうでなければ、誰も見たことないようなものつくらないと難しいよ。」という言葉が返ってきて、目の前が真っ暗になりました。

とにかく誰ともかぶらないものをつくりたいという想いで、思うがままにつくってた頃は、基礎ができてなかったがゆえに安っぽさが拭えず、基礎を学んでようやく高級感を出せるようになったと思ったら、今度はオリジナリティがない、、これから一体どうすればいいのか分からなくなり、しばらく途方に暮れていました。会社を辞めてもう6年。「どこか建築関係の会社に再就職して、レザーは趣味としてやっていっていくか、、」そんな考えが頭をよぎりました。そんな時、友人が「お前のやってきたことは、無駄にはならないんじゃねぇの?」と、ある言葉を教えてくれたのです。

「Solitude Without Loneliness」和訳すると、「寂しさのない孤独」

初めはピンとこなかったのですが、ジワジワと心にしみてきました。自分の直感を信じて人生に挑み、自分が本当にやりたいことを見極め、それを生業とするために果てしない努力を重ね、多くの困難を乗り越えて生み出されたものにこそ、人を感動させる力が宿る。
そんなものをつくれる人間になりたくて、今までガムシャラにやってきた。しかし自分の作品にそういう力が宿ってないということは、まだ努力が足りないのだろう。でもあと少しかもしれない、あと少しで誰かを感動させるものがつくれるかもしれない。せっかくここまでやってきたんだ。あと少し頑張ってみよう。この言葉が、私の背中を押してくれました。


8話:オリジナリティとはなんぞや??

第8話:オリジナリティとはなんぞや??


「この世界で食って行くなら、○○さんにのれん分けしてもらうか、そうでなければ誰も見たことないようなものをつくるしかないよ。」という教えに対し、私は後者を選択しました。

ただその頃、会社勤めしていた時の貯金はとっくに底をつき、いろんなアルバイトをしながらなんとか食いつなぐ生活をしていたので、以前のように「独自の装飾」を施すためのシルバーを使うことはできなくなっていました。でもなんとかして「誰も見たことないレザーアイテム」をつくりたい。そこで始めたのが革に彫刻を施す、レザーカービング。基礎を一から学び、しかしまだ誰もやってないような図案を考えながら、技術の向上とオリジナリティの追求に注力し続けました。するとまた新たな迷路に迷い込んでしまいます、、笑 

「誰も見たことないようなもの」をつくることに重きを置きすぎて、今度は「これが本当につくりたいものなのか?」という疑問が湧いてきたのです。そこがずれてしまったら、たとえ飯が食えても意味がないんじゃないかと。そして最後はもう直感でした。「やっぱり本当につくりたいと思うものをつくっていこう。自分がかっこいいと思うものを。それを貫いていけば、いつかそれは自分にしかつくれない、誰も見たことがないようなものになるだろう。」そう信じて、自分がつくりたいと思うものをつくり続け、あっという間に2年が過ぎました。

会社を辞めてすでに8年。
「作品のクオリティはかなり上がったと思う。オリジナリティは、、よく分からない。自分では良いと思っても、他の人から見ればそうでないかもしれない。ただ、いいかげん、これを生業にするためのスタートを切らなければならない。もっと磨きをかけたいところもあるが、自分の作品は気に入っている。自分を信じるしかない。よし!行くか!」

私が行き詰まった時に背中を押してくれた言葉、「Solitude Without Loneliness」の頭文字を取り、SWLという屋号で販売を開始しました。

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9話:想像を絶する、うれし涙の味

第9話:想像を絶する、うれし涙の味


販売先のコネなど何もなかった私は、全国各地で開催されているハンドメイドのイベントを調べ、出店して周りました。出だしはなかなか順調。それなりの自信もありました。しかし、すぐに大きな壁にブチ当たることに。こういったイベントでは、ある程度価格に幅をもたせて出店するのですが、高額なものほどなかなか売れないのです。どちらかというと、高額なものの方が自信作なのに。周りを見渡すと、よく売れているのは、できるだけ手間がかからないような つくり方で量産して価格を下げ、数をさばくことで利益を上げる、いわゆる「薄利多売」という手法をとっているお店。私の作品は、とにかく手間と時間をかけている。だから数も多くはつくれないし、安値で売ることもできない。しかし売り上げが低い時など、薄利多売でガッツリ儲けている人を見ると、いろんな考えがよぎったりもしました。しかしその度に、「今まで何のためにやってきたんだ」と自分を奮い立たせ、たとえ高額になっても、自分が本当につくりたいものを、誰かに感動を与えられるものを目指し、つくり続けました。

そうやって全国を周っているうちに、少しずつ高額なものも売れ始め、現在のSWLの主流となるオーダーメイドの依頼も増えてきました。そして遂に、オーダー品を受け取ったお客様から、「ありがとうございました!実物を見て感動しました!」という言葉をいただく日がやってきたのです。

自分が本当にやりたいことを見つけるために会社を辞め、思いつくことを片っ端からやってみて、これだというものを見つけ、それでなんとか食えるようになるまで10年。まさかこんなにも時間がかかるなんて、想像もしてませんでした。しかし、自分がつくったものを受け取ったお客様から「感動しました!」という言葉をいただいた時の感動は、さらに想像を絶するものでした。

その時の嬉し涙の味は、一生忘れないでしょう。

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10話:もしあの時、こうしていたら、、

第10話:もしあの時、こうしていたら、、


私は勤めていた会社を辞め、この仕事でなんとか飯が食えるようになるまで、いろんなアルバイトをしてきました。一級建築士の資格を持ってるのに、なぜアルバイトを?と思われるかもしれませんが、建築士として仕事をするにはフルタイムで働かないといけないところがほとんどですし、今の時代、残業がない方が珍しい。そうなると、ものづくりのための時間がどうしても少なくなってしまうんですよね。当時の私は、とにかく「作品をつくるための時間」が欲しい。あとは生きていけるギリギリの収入があればいい。そういう想いで取り組んでいたので、時給が低くても時間の融通が効くアルバイトを選んで働いていました。

しかし、おっさんになってからの日雇いバイトも楽ではありません。笑 時には建築現場で手を骨折して何もつくれなくなったり、社長が給料持ってトンズラしたり、、いろんなことがありました。そんな辛かったり、しんどかったりした時は、よく考えたものです。「あぁ、もしあの時、こうしていたら、、」と。笑

例えば、「もしサラリーマンにならずに、大学卒業後すぐに本気でやりたいことを探していれば、5年は早く見つけられたんじゃないか、、」と。

ただこれは今だから言える、結果論なんですけどね。大手の住宅メーカー勤務で、一級建築士として建築現場にいる時は、年配の方からもペコペコされ、給料もイイ。30代後半の、ただの日雇いバイトとして建築現場にいる時は、安い時給で年下からアゴでコキ使われる。その両方を身をもって経験することが、肩書きで人を判断しない人間になるためには、どうしても必要だったのかなと。

また、「中・高校生の頃、本当は好きだった美術をちゃんと勉強していれば、、もし芸術系の大学に行っていたら、、」なんてことも考えたりしてました。

もしそうしていたら、今より引き出しも断然多く、もっと早い段階で完成度の高いものをつくり、生業にできていたかもしれません。でも海外を旅することはなかったかもしれないし、知識は豊富でも視野が狭い人間になっていたかもしれない。またこれも今だから言えることなんですが、ものづくりってジャンルに関わらず、その人の生き方みたいなものが作品に現れると思うんですよね。そうなると、唯一無二なものをつくるには、唯一無二な生き方が必要なのかなと。そう思えば、レザーをやっている人で、私ほど不器用にいろんな寄り道をしてきた人は他にいないだろうと。笑

同じように、「もしあの時、こうしていたら、、」と考えてたことがたくさんあったのですが、不思議なことに、最近全てが結果オーライになってきている。

「本当にやりたいこと」を追いかけるって、そういうことなのかなと思いました。


11話:「お金をいただき、物を売る」という行為を超越したもの

第11話:「お金をいただき、物を売る」という行為を超越したもの


そしてもう一つ、「本当にやりたいこと」を追いかけてきて良かったと思える出来事が、妻との出会い。と言っても馴れ初めなどを話すつもりはありませんが(笑)、自分がどう生きたいかということに対し、どこかで妥協したり、嘘をついていたら、出会えてなかったのではないかと思っています。互いが自分の生き方を大切にし、だからこそ互いの生き方を尊重したいと思っているので、SWLの仕事に関しても、最初は私一人でやっていくつもりだったんですよね。ただ私が全国のイベントを周り始めた頃、多くの作家さんがホームページやブログなどを使って、自分の作品をより多くの人に知ってもらうための努力をしていることを知ったのですが、なんせ超が付くほどコンピューター音痴の私、、そんな私を見るに見かねて(笑)、妻がホームページの作成やブログでの情報発信などを担当してくれるようになり、少しずつネット注文も増えていったのです。

それが今や、SWLのお客様の大半は、ホームページやブログをご覧いただき、オーダーしてくださる方々。実際にお会いせず、ホームページやブログに掲載している情報だけで、これだけ多くの方にオーダーいただけるなんて、数年前の私には全く想像もできなかったことで、本当にありがたいことだと思っています。またオーダー品を受け取ったほとんどの方が、ご丁寧に嬉しいご感想を送って下さるので、いつも妻と二人で顔をほころばせながら、ありがたく読ませていただいてます。こうやって多くの方との間に、「お金をいただき、物を売る」という行為を超越したコミュニケーションが生まれていることを本当に嬉しく思いますし、皆様からいただくご感想が、私たちの明日への活力となってます。

2015年の大阪での個展を皮切りに、これから全国各地で個展をやっていきたいと思ってますので、まだお会いできてない方とも、どこかでお会いできることを楽しみにしています。

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最終話:「寂しさのない孤独」

最終話:「寂しさのない孤独」


人は人との関わり合いの中で多くのことを学びながら生きていますが、自分のアイデンティティーを確立するのは、一人で過ごす時間だと私は思っています。

自分と向き合い、自分を高めることは孤独な作業ですが、いや、自分を高めるというのは、ちょっと大げさかもしれませんね、、
例えば自分がこうありたいと思う理想像に近づけるよう、トライしたい時があるとします。そんな時、愛する家族や友人、もしくは誰か喜んでくれる人がいるから、一人の時間を頑張ることができる。喜びや感動を分かち合える人がいるからこそ、孤独と向かい合うことができると思うのです。

私自身、長い間光が見えず、もがき苦しんだ時期もありましたが、いろんな人に支えられ、今こうして本当にやりたいことを生業にすることができました。そして2014年には工房を京都に移し、美しい自然と数々の文化遺産に囲まれたこれ以上ない環境の中、心からものづくりを楽しむことができています。たくさんの方と喜びや感動を分かち合いながら。

「Solitude Without Loneliness」=「寂しさのない孤独」

私はこの言葉に救われ、ものづくりを続けてこれましたが、ただそれだけではなく、本当の豊かさとは何なのか、豊かに生きるとはどういうことなのか、この言葉を通じて学んできたように思います。

また先述した、私が憧れてきた「人々に大きな感動を与えている人」には、私が一生をかけても足元にも及ばないであろう人が数多く存在します。私はこれからもこの言葉を胸に、自分はどこまでいけるのか、SWLのファンでいてくださる方々に、どれだけの驚きや感動を与えることができるのか、人生をかけて楽しみながら挑んでいきたいと思っています。

そしてこの言葉は、私だけでなく、全ての人に大切なことを教えてくれる、また力をくれる言葉なのではないかと思っています。

これをお読みいただいた方にも、この言葉から何か感じてもらえれば嬉しいです。

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-完-

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

SWL 代表・クラフトマン
田島隆治

物語になる仕事
- ものづくりを通して、たくさんの人と喜びや感動を分かち合いながら生きていきたい -

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↑写真をクリックすると、主にオーダーメイドでつくらせていただいたレザーアイテムを巡る、
SWLとお客様とのストーリー「オーダーメイド物語」をご覧いただけます。

SWLのレザーカービング

先の田島隆治ストーリーでお話したように、革を使ってものづくりを始めてから十数年、

独自のものづくりを確立するために、
己の魂を宿す表現手法を常に追求してきました。

その中で心血を注いできた一つに、革に彫刻を施す レザーカービングというものがあります。

そして現在、SWLカービングの代表的なモチーフとなっているのが、
唐草イーグルフェザー(ワシの羽)」

躍動する唐草は、美しく力強い生命力への賛美。
気高きイーグルフェザーは、自由と勇気の象徴。

全ての人々が、互いの自由を尊重し合いながら、己の人生に挑むことができる世界。
そんな世界の実現のために、自由でありたいと戦う人々のために、共感と賛助の想いを込めて、
私の魂と共に、革に刻み込む。

それがSWLのレザーカービングです。

これらのカービングを、定番アイテムにカスタムとして施すことが、
SWLのオーダーメイドの主流となっています。

SWLの定番アイテムには、機能性と重厚感のバランスを考え抜いた独自のアイテムが並びます。

シンプルが好きな方には、定番アイテムをそのままおつくりしたり、より独自性を求める方には、
定番アイテムにカスタムを施したり、お好みに応じておつくりしています。

自分たち自身で使いながら改良を重ねてきた、自信を持っておすすめする定番アイテム。
ぜひこちらからご覧ください▼




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